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フリーランス

完璧フリーのグラフィックデザイナーになって、早一年。

はれてアメブロから無事に移行できたので、フリーのグラフィックデザイナーになった理由を書いてみようと思います。

終身雇用が一般で、日本の就業規則として暗黙の了解では、「副業」が認められていないのがこの国の特徴。しかし、今後「会社」という組織体だけでは、定年まで働けることは、ある一定の職業だけに限られることではないかなと思います。

「フリーランス」が頭をよぎった時

32歳をすぎたあたりから、この地で毎日同じような仕事をして毎日同じ場所に帰る。その繰り返しに疑問が湧きました。

しかし、転職することもなく時はすぎて行くばかりで、自分より一回り下の後輩が入り、ますます自分の技術が試される機会が増えました。歳を重ねれば、自然と管理職につくことも大企業などではありますが、なんせ中小企業で技術職。広告代理店の社内では、技術職がヒエラルキーの最下層でもあり、中間管理職が関の山。35歳を過ぎれば、体力的にも若い後輩にも負けて行くと目に見えてわかってきました。今ある技術とかけ離れすぎず、もしデザイナーとして働けなくなった時のことも考えて「資格」が必要ではないかと考えました。

偶然のポスティング広告

その時にたまたまアパートのポストに入っていたカルチャースクールの広告。

そこにあった「カラーセラピスト」と「色彩検定」のふた文字。

「色彩検定」は、取得したいと思っていた矢先で、その横には心理学に基づいた「カラーセラピスト」という文字。なんという偶然! すぐさま問い合わせて、無料体験を体験しその場で講座を受講することに決めました。その日から毎月通うカルチャースクールが楽しくて仕方ありませんでした。そんな時に、昔の友人に再会し副業をしていることを聞き、フリーでご自宅などでサロンを開いている女性たちを知りました。

憧れが一歩を踏み出す

私自身は、一生仕事は続けて行きたい。主婦になるということは、ありえないと思っています。ここは、母の影響でしょうか(笑)。それも考えると、今の会社で一生を過ごすことは、ないのかもと考え始めました。そして、フリーで働いているひとたちが、とてもキラキラ輝いている!ことに、心惹かれるようになりました。

一方、会社の仕事は、忙しくなり休日も惜しんで仕事することに。来年もこれをやるのか!?と思うとお先真っ暗でした。

その折に、先輩から専属デザイナーを探しているという話を聞き、抜け出すなら今しかない!と思いついて、面接にこぎつけました。この時点で、完璧にフリーランスになろうと微塵も考えていませんでした。不規則な職場だったので、定時に帰れる仕事について、空いた時間にカラーに関する副業をしようと思っておりました。

自分の技術がだれかのためになる

次の職場へ移る前に、友人からメニュー表を作って欲しいと頼まれました。A4サイズ片面のお仕事でしたが、友人が心から喜んでくれたことによって、離れようと思っていたデザインが、人を喜ばせることができるんだ!と気づきました。ならば、デザインもしながら、カラーの仕事もできるフリーランスに生きることもできるのじゃないかと考えました。

誰かのために自分がお役に立てることに使命感を感じた私は、紆余曲折(これは、また後ほどしたためます(笑))ありましたが、晴れてフリーランスなることができました。ここまでに、3年近くの潜伏期間と下地がありました。

自分の技術が役立ってることを目にできる達成感は、予想以上にうれしいことでした。それでこそ、フリーランスになってよかったなと思う一瞬です。

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